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事業承継におけるリスク・マネジメントの実践

  • 事業承継の意思決定者は経営者である。
  • 経営者は引退後に起こり得るリスクを想定し、早々にその対策に着手しなくてはならない。
  • 営業、技術、人事すべてを引き継ぐことになるが、ここでは税負担と万一の備えに焦点を絞って考察する。

 

事業承継に必要な計画と対策

 

 

事業承継において後継者に株式 や事業用資産を集中させる必要が あることは前段で述べた。経営者 が後継者へ経営権を引き継ぐ象徴となるのが自社の株式譲渡だ。中 小企業の場合、株式の過半を社長 が保有し、残りのほとんども家族が保有している場合が多い。この 社長の株式を後継者に移転する。

本社や工場の建物といった事業 用資産が、社長の所有物であるケー スも多い。これは、社長が引退後も、 貸与を続けることは可能であるが、いずれ死亡する日が来ることを考 えると、後継者か会社に所有を移 しておくほうが賢明だ。

もし、一時に自社株や資産の移 転を図ろうとすると莫大な費用が 発生する。承継時に金銭支出が予 想される項目を挙げてみよう。

  • 経営者所有の自社株の贈与に伴う贈与税
  • 経営者の退職金
  • 承継披露式典費用

このほか、通常の事業継続資金として、@役員・従業員等人件費の固定的支出、A家賃賃貸料、設備のリース料等の固定的支出、B福利厚生費その他の固定的支出、C借入金利息+元本返済金などが考えられるが、万一、社長が倒れるような不測の事態が発生した場合には、企業活動が停滞し、資金繰り悪化を引き起こす場合もある。

死亡退職金・弔慰金の目安

社員の勤労意欲さえ低下し、ひいては金融機関や取引先企業の信用力低下を招く事態も起こりかねない。しかも亡くなった社長への支出として、死亡退職金や弔慰金も発生する。左図に見る通り、ひとかたならぬ金額となる。

また、会社に社長個人からの借入金がある場合は、その返済をしなくてはならない。社長が会社の銀行からの借入の個人保証をしている場合も同様だ。

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7年がかりの自社株の移転

 

ある調査結果では、中小企業経営者自身が考える「引退予想年齢」は67歳だという。中小企業庁が勧める事業承継計画モデルは10年がかりだから、50代半ばに達した経営者は事業承継の準備を真剣に考える時期に来たということになる。

なお、事業承継の準備は、計画通りの時期に承継完了を迎えることを予定して行うが、その一方で社長の急逝など予想外の出来事により承継を余儀なくされる場合にも、対応することを考えに入れておくべきである。

中小企業庁が2006年に提示した「事業承継ガイドライン20問20答」にモデルとして記載されている製造業T社の社長(60歳)の場合も、7年計画で株式移転を行い、7年目に社長交代、10年をかけて事業承継が完了する計画となっている。同時に後継者教育も進めていく。設定されている製造業T社では、社長から長男への承継を行う手順を、下図のように進めている。家族の合意を経て、最初にとりかかったのは株式の移転だ。

製造業T社の事業承継の進行例

社長は6年かけて、毎年持株の5%ずつを贈与した。この6年間の贈与税は暦年課税制度があるので、年間110万円は基礎控除対象になる。7年目には、社長も65歳を超えているので、相続時精算課税制度を利用して一気に30%を長男に贈与。こうして長男はT社の株の60%を所有した。後継者が株式の過半数を所有した時点で承継の準備は整う。いつでも社長の座に着ける体制ができたわけだ。

もちろん暦年課税制度を利用してコツコツと贈与を続けることも可能だが、社長はこの時点で67歳。相続時精算課税制度が利用できる65歳も超えたこの時をとらえて、社長交代を決めた。

しかしいきなり長男を社長に任せることには不安が残る。そこでT社は「拒否権付き株式」を発行して、会長となった前社長に割り当てた。これは俗に「黄金株」と呼ばれるもので、これを持っていれば、強い発言権を維持できる。3年後の70歳での引退時に会社が取得して消却する計画だ。

付言するなら、社長はT社株を長男に贈与する一方で、社長の相続人である妻やほかの子どもへの財産分与も行っておくことが望ましい。たとえば事業承継をしない子どもにも、長男への株式贈与に相応する金銭贈与を、毎年行っておけば公平だ。

こうした時に、つい基礎控除額110万円を超えないようにしたくなるが、少額超えて、税金を払っておくことも、明確な贈与の証拠となり、後の相続争いの芽を摘むことにもなる。

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納税猶予制度の利用

T社のケースのように、非上場の中小企業で、後継者が経営者の親族(6親等以内の血族、配偶者、3親等以内の姻族)である会社の事業承継では、納税猶予制度を利用する方法もある。

相続税・贈与税納税猶予制度とは、事業承継の際の税負担軽減策として生まれた制度。事業承継する後継者(経営承継相続人等)が、相続した自社株の課税価格の80%に対応する相続税の納税が猶予される。また自社株の贈与を受けた後継者は、納税を猶予されるというものだ。

納税猶予制度を利用すると取得株式の3分の2まで納税猶予となるので、納税額がかなり軽減される。自社の業績が低下して株式評価額が低い時期を選んで贈与するなど、時期を選べるメリットもある。

ただし、納税猶予制度を利用するに当たっては、各地域経済産業局の審査を通過しなくてはならず、そのために満たすべき要件がたくさんある。そして利用開始後に要件を満たせない状態に陥ると、猶予を解かれるというリスクもある。

主な要件を挙げると次の通りだ。@株式の贈与前に、経済産業大臣の事前確認を受けるA経営者は後継者に原則として一括贈与するB後継者は3年以上在籍する役員であるC相続・贈与を受けた後継者が代表権を持つD贈与の時点以後は、経営者は役員から退くE資産管理会社に該当しない

さらに申告後も5年間は各種要件を満たさなくてはならない。@後継者が会社の代表者である(制度適用中は社長交替は不可)A雇用の8割以上を維持している(人員整理の制限)B後継者が筆頭株主であるC猶予対象株式を継続保有している

納税猶予制度、相続時精算課税制度の利用は、会社の状況に応じて選択を検討したい。

贈与税の納税猶予制度の概要図

 

自社への貸付金リスク

モデルケースのT社のように会社経営も順調、オーナー家の資産も潤沢で、後継者指名がスムーズな企業では問題は起こらないが、会社に多額の借入金がある場合はどうだろうか。

社長が自社に多額の私財をつぎ込んでいるケースは少なくない。経常利益が赤字に転落し、その補填のために個人の預貯金を使い果たした社長(仮にU氏としよう)が、急逝した場合を考えてみよう。

会社への貸付金は、そのまま相続財産となり、U氏の家族には相続税がのしかかる。会社は赤字だから貸付金の回収は期待できない、父の預貯金もない、という事態になる。

この事態を回避するためには、U氏が健在なうちに債権放棄をしておくという方法がある。

税法上は、債権放棄された金額は会社の利益に計上される。これを「債務免除益」といい、課税対象になるが、赤字続きで繰越欠損金があるU氏の会社では利益は発生しないであろう。2012年度からは、2008年4月1日以後に終了した事業年度において生じた欠損金から繰越期間が9年間になった(帳簿保存も必要)ことも知っておきたい。会社は債務が免除されて赤字が減り、財務改善につながることも期待できる。

自社への貸付金対策としては、資本金に振り替えるという方法もある。これは自社株の評価額が低い場合には効果的だ。

 

連帯保証のリスク

金融機関から融資を受ける際に、社長が連帯保証をしたり、自身の持つ不動産を担保に提供するなどして個人保証することも多い。自宅を抵当に銀行から融資を引き出した状態で、社長が急逝した場合のリスクも考えてみたい。

会社の事業は一時的に停滞を余儀なくされる。遺族は突然、生活資金を絶たれる上に、相続税もかかる。現金をつくろうにも、抵当権のついている土地は売却できない。

こうした事情においては現金が必要だ。そんな時、会社名義で加入しておいた生命保険があるとありがたい。

死亡により支払われる保険金で、銀行への借入金返済を一括で行えば、自宅の抵当権も解ける。残りを死亡退職金や弔慰金にあて、また会社の運転資金に利用できる。

個人の債務保証や担保は、事業承継の際に大きな問題になる代表例である。早めに業績を上げて個人保証を外しておきたいところだが、金融機関はなかなか個人保証を外してくれない。

そのリスクヘッジとして、借入と併せて会社名義の生命保険に加入しておくと有効だ。社長に万一のことがあった時はまとまった資金が会社に入るので、借入金の返済ができ、社長交代の一時出費にも役立つ。

法人契約の生命保険として活用したいものとしては、長期平準定期保険、逓増定期保険、終身保険、養老保険、医療保険が挙げられる。保険の種類によっては保険料を損金として経費に計上することも可能である。

また解約返戻金のある保険なら、社長が退職する時に解約し、これを退職金の財源にすることもできる。ただし解約返戻金の額は、一定期間のピークを過ぎると減少してしまうので、後継者へのバトンタッチの時期を決め、そこにピークを持ってくるような保険設計をすることが望ましい。一方、超長期の定期保険でありながら、解約返戻金をなくして保険料を抑え、全額損金で加入できる、死亡保障に特化した保険も開発されている。事業承継計画に合わせて利用を検討したい。

想定の10年前から事業承継プランの実践を進めていけば、進捗状況が実感できるので、現社長も後継者も、承継に向けての意識と自覚が格段に高まる。社長にとって会社は我が子も同然であろう。事業承継の準備と対策には早めに取り組むことが、愛着を持って育ててきた会社を長く存続させる秘訣となるだろう。